45振武隊の知覧進出は27日というのが言わば「定説」となっている。個人の戦争体験を引用するならば裏付けを取る姿勢は忘れてはならない。たとえこの隊を感動小噺にしようとしても、だ。
原町の二人の少女に宛てた2通の【中田茂少尉書簡】によれば、25日知覧到着、本隊に合流したとされる。本隊に合流とは、松戸で夜間に目測を誤認して着陸事故を起こした後、彼だけが出陣に遅れ危うく取り残される状況にあった。機体が手に入り、ギリギリ出撃に間に合ったのである。転載が怖いので引用を避けるが、書簡によれば、27日出撃と指示があったという。のち変更があって28日になった。
27日出撃予定なのに27日に前進する事はあり得ない。従って、巷で語られる噂レベルの45振武隊史は誤りである。
なお、特攻待機中の隊員は機密保持並びに出撃準備のため余程の事がない限りは単独外出をする筈は無く、「ホタル還る」掲載の藤井隊長が富屋食堂で目撃されている話は、鳥浜トメの証言である「年長の隊員が来ていた」という話に脚色した可能性があると考えている。
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45振武隊の知覧前進について
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