$ 0 0 第66振武隊(万世出撃、九七式戦)当時の新聞でゴ少尉と書かれているのは後藤光春氏のこと。彼の日誌は編成完結後の被服等受領、機材の整備、部隊の行動経過について詳細であり参考になる。「石は重い、よって木製を希望す」の遺筆から戦後に木柱墓を建立した話、近年悪名高く宣伝される振武寮と民間の旅館に分かれて1泊した話は興味深い。